2009年09月20日

上杉景勝・直江兼続時代の若松城

若松城を上杉景勝・直江兼続が治めたのは4年という短い期間であったけれど、天下が二つに分かれて大きな戦いに歴史が大きく動いた時代です。

現在、鶴ヶ城天守閣の企画展示室で、「会津の上杉景勝・直江兼続と関ヶ原の戦い」展が開催されます。

見どころとしては、上杉謙信の三宝剣の一つといわれた「太刀・吉家」や徳川家康が会津攻めの時に出した「会津攻伐軍令状」(前期のみ)、
また、上杉景勝の家臣となり直江兼続と深い親交のあった前田慶次が熱田神宮に奉納した太刀などなど、普段はなかなか目にすることのできない貴重な資料が展示されています。



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2009年06月20日

姫路城が名城と言われる理由

姫路城が日本一の名城といわれる理由として、次の3点が挙げられます。
姫路観光ガイドより引用)

巧妙な螺旋(らせん)式縄張(なわばり)
お城の要塞としての機能性は、縄張(設計、構成、仕組み)のよしあしで決まります。姫路城の縄張は、抵抗(防御)線が3重の螺旋形になった複雑巧妙なもの。これは江戸城と姫路城にしか類例のない形式です。

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美しい連立式天守閣
5重6階の大天守と3つの小天守が渡櫓(わたりやぐら)でつながり、幾重にも重なる屋根、千鳥破風(はふ)や唐(から)破風が、白漆喰総塗籠造(しろしっくいそうぬりごめつくり)の外装と相まって、華やかな構成美をつくっています。

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昔を伝える「不戦・不焼の城」

姫路城はその400年の歴史の中で、戦にまみえることなく、近代の戦災に遭うこともなかった、たぐいまれな城です。その結果天守や櫓、門などの保存状態が非常によいうえ、ほかに類例のない遺構も多く、極めて貴重な文化遺産となっています。
posted by 団塊の旅人 at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

姫路城と武将達

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姫山の地に初めて砦が築かれたのは1333年、赤松氏の時代と言われています。以来、13氏・48代が城主を務め、戦塵にまみれることなく今日にいたっています。

赤松氏の後、西国統治の重要拠点として羽柴秀吉、池田輝政、本多忠政が城に夢を託して拡張つづけ、いま見られる全容が整ったのは戦乱の世が落着いた1617年のことです。

江戸時代は池田輝政から酒井忠邦まで31代が城主を務めました。
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2008年11月09日

城と武将

なぜ城は団塊世代を魅了するのだろうか。

その城の生き様は栄枯盛衰と変転流転そして強者どもが夢の跡である。まさに戦後の半世紀を怒涛のごとく生きてきた団塊世代の生き様と一致するからである。


姫路城
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姫路城は法隆寺とともに1993年12月11日、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の世界遺産リストにその名が登録されました。世界150余か国・550以上の文化遺産・自然遺産とともに、世界に広くその素晴らしさが伝えられ、かけがえのない「人類の宝」となりました。 

姫路城ガイド


posted by 団塊の旅人 at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする